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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3999号 判決 1974年4月15日

第三九九九号・第九九九三号事件原告 杉山利郎

右訴訟代理人弁護士 堂野達也

同 服部邦彦

同 堂野尚志

同 弘中慎一郎

第三九九九号事件被告 株式会社中村屋

右代表者代表取締役 十時健彦

第九九九三号事件被告 十時健彦

<ほか一〇名>

右被告一二名訴訟代理人弁護士 森川静雄

同 馬場敏郎

第九九九三号事件被告 相馬雄二

右訴訟代理人弁護士 円山田作

同 円山雅也

同 小木郁也

主文

1  被告相馬雄二は、原告に対し、金八三〇万円およびこれに対する昭和四六年一一月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告の被告相馬雄二に対するその余の請求およびその余の被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告相馬雄二との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告相馬雄二の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては、全部原告の負担とする。

4  この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金八三〇万円およびこれに対する、被告株式会社中村屋は昭和四五年七月一五日から、その余の被告らは昭和四六年一一月二三日から、それぞれ完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、酒類販売を業とする株式会社栄屋商店の代表取締役である。

2  昭和四五年四月一五日当時、被告相馬雄二(以下、被告相馬という。)は被告株式会社中村屋(以下、被告中村屋という。)の代表取締役であり、また、被告十時健彦、同四方謙治、同滝井平作、同鈴木利男、同足立龍雄、同足立正、同荒井公平、同木下正造および同遠山俊二郎は被告中村屋の取締役、被告秋山清および同浅田慶一郎は被告中村屋の監査役の各地位に在ったものである。

3  原告は、昭和四五年四月一五日、被告中村屋の代表取締役である被告相馬に対し、返済期日を同年七月一五日と約して金八三〇万円(以下、本件融資金という。)を貸し付けた。

4  仮に被告相馬が個人的に使用するために原告から本件融資金を借り受けたものであるとしても、被告相馬は、原告に対し、被告中村屋の業務のために使用するように装って右融資の申込みをしたので、原告は、その旨誤信して、前記のとおり被告相馬に本件融資金を交付し、その結果、本件融資金相当の損害を被った。

5  被告十時健彦ら九名の取締役は、いずれも被告相馬が従来から被告中村屋の業務の執行のために個人名義の約束手形を振り出して融資を受けていたことを承認していたものであり、また、被告秋山清ら二名の監査役も、右の事情を知り、または重大な過失によってこれを知らないで被告中村屋の会計の監査を行い、被告相馬が被告中村屋の代表取締役の地位を濫用して個人的な借入れをしないように監視すべき義務を怠った。その結果、原告は、被告中村屋に貸し付けるものと誤信して、前記のとおり被告相馬に本件融資金を交付し、本件融資金相当の損害を被った。

6  よって、原告は、被告中村屋に対し、主位的には消費貸借契約に基づく本件融資金の返還として、予備的には代表取締役の不法行為に基づく損害賠償として、また、被告相馬に対し、不法行為もしくは商法第二六六条ノ三に基づく損害賠償として、さらに、その余の被告らに対しては、右法条または同法第二八〇条、第二六六条ノ三に基づく損害賠償として、各自金八三〇万円およびこれに対する、被告中村屋に対しては約定の返済期日である昭和四五年七月一五日から、その余の被告らに対しては本件訴状送達の後である昭和四六年一一月二三日から、それぞれ完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告相馬を除くその余の被告ら)

請求原因第1・第2項記載の事実は認めるが、第3ないし第5項記載の事実は否認する。

(被告相馬)

請求原因第1・第2項記載の事実は認めるが、同第4項記載の事実は否認する。

三  被告相馬を除くその余の被告らの抗弁

原告は、被告相馬が被告中村屋の代表取締役の地位を濫用して自己のために融資を受けようとしていることを知りながら、仮に知らなかったとしても、重大な過失によりこれを知らないで、被告相馬に本件融資を行ったものであるから、このような場合には、被告相馬を除くその余の被告らは、被告相馬の借入行為について、本件融資金の返還および損害賠償の責任を負わないものというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一  請求原因第1・第2項記載の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告・被告中村屋間に請求原因第3項記載の消費貸借契約が成立したか否かについて検討する。

一  ≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四五年四月一五日、被告相馬に対し、返済期日を昭和四五年七月一五日と約して本件融資金八三〇万円を貸し付けた事実(以下、本件消費貸借契約という。)を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  そこで、本件消費貸借契約が、被告中村屋の代表取締役の立場で締結されたものか、被告相馬個人の立場で締結されたものであるかについて判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、被告相馬は、本件消費貸借契約の締結に際し、振出人を被告相馬個人、受取人を鳴瀬富三郎、金額を本件融資金額、満期を本件融資金の返済期日とする約束手形を振り出し、これに右鳴瀬が裏書をしたうえで原告に交付し、原告は、右手形を受領した後に、被告相馬に本件融資金を交付した事実が認められ、この事実によれば、被告相馬は、個人としての立場で本件消費貸借契約を締結したものと見られないこともない。

2  しかしながら、≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 訴外鳴瀬富三郎は、昭和四四年一二月ころ、被告相馬から、昭和四五年三月一五日から大阪府で開催が予定されていた万国博覧会の会場において被告中村屋が運営するレストランの設備・造作等の準備のために臨時に至急の資金が必要であるとの理由で、融資先の斡旋を依頼された。そこで、右鳴瀬は、これに応じて、いわゆる金融ブローカーの山崎茂の紹介で知っていた原告に対し、右融資方を依頼したところ、原告は、これを承諾して、被告相馬に対し、昭和四五年一月初旬に金五〇〇万円、同月下旬に金一〇〇〇万円、同年二月上旬に金六三五万円をそれぞれ貸し付けた。次いで、同年四月一五日、被告相馬は、右鳴瀬を通じて原告に対し、金八三〇万円および金八五〇万円の二口の融資を申し込んだが、原告は、資金調達の都合から、右金八三〇万円の融資にのみ応ずることとして、これを被告相馬に貸し付けた。

(二) 右各消費貸借契約は、いずれも被告中村屋本店の応接室や結婚式場等においてなされたが、その際、被告相馬は、原告に対し、借金の理由について、第一回目の場合は前記の鳴瀬に対してなしたのと同様の説明をし、その後は、被告中村屋のレストランチェーンの検討などに使用するという趣旨の説明をなした。そこで原告は、被告相馬が被告中村屋の業務の執行として本件融資金を借り受けるものと信じて、本件消費貸借契約を締結した。

3  ところで、株式会社の代表取締役の行為が当該会社の業務の執行の範囲内の行為か否かは、代表取締役の主観的意図によって定めるべきではなく、当該行為の外形から客観的に判断すべきところ、右2に認定した事実によれば、本件消費貸借契約は、被告中村屋の本店において締結され、しかも、その際、被告相馬は、原告に対し、その主観的意図はともかく、本件融資金を被告中村屋の業務に使用するために借り受けるものとして、融資の申し込みをしているのであり、営業資金とするために融資を受けることが、株式会社の業務の範囲内に含まれるのは当然であるから、被告相馬の右借受行為を客観的、外形的に見れば、被告相馬は、個人名義の約束手形を振り出しているとしても、被告中村屋の代表取締役の立場で、本件消費貸借契約を締結したものと判断するのが相当である。

第二  ところで、被告中村屋は、原告は、被告中村屋の代表取締役の地位を濫用して自己のために融資を受けようとする被告相馬の意図を承知して本件消費貸借契約を締結したものであるから、被告中村屋は同契約上の責任および損害賠償の責任を負わない旨主張するので、この点につきさらに検討する。

一  被告相馬の本件消費貸借契約締結の目的

1  ≪証拠省略≫によれば、昭和四五年四月当時の被告中村屋の業務の運営は、組織上、社長および現業役員を含めた各部の部長以上の者で構成する部長会において、各部で計画された案件について報告を受け、あるいは審議したうえで決定し、さらに必要のあるものに限り、取締役で処理することになっているのであって、代表取締役が金融関係について専権を与えられていたわけではないこと、従前、被告中村屋において、被告相馬個人の資金を被告中村屋の業務のために使用した事実および被告中村屋の業務運営資金を得るため被告相馬が個人名義で融資を受けた事実は全くなかったこと、を認めることができる。

2  また、証人渡辺孝子の証言によると、同証人が被告中村屋の秘書室に勤務していた昭和四四年から翌四五年五月ころまでの間、被告相馬のもとに訴外鳴瀬富三郎がたびたび出入りしていたこと、同人は、数回にわたり現金・小切手および約束手形等を持参して、右渡辺に対し、「相馬さんに渡してくれ。」と依頼したことがあるが、右のような金員等の被告相馬への交付は、いずれも正式に被告中村屋の経理課を経たものではなかったこと、右渡辺は、被告相馬から依頼されて、被告相馬個人の金員をその銀行口座へ預金したことはあっても、それを被告中村屋の他の役員に渡したことや、被告中村屋の金員を被告相馬個人の銀行口座へ預金することを依頼されたことはなかった事実をそれぞれ認めることができる。

3  もっとも、前記認定のように、被告相馬は、原告から一連の貸付けを受けるに際し、その借受金の使途につき万国博覧会会場において被告中村屋が運営するレストランの準備や被告中村屋で計画しているレストランチェーンの検討などに使用する旨述べており、また、原告と被告相馬を除くその余の被告らとの間では成立に争いがなく、原告と被告相馬との間では≪証拠省略≫によれば、昭和四五年三月三一日に開催された被告中村屋の第二五六回取締役会において、代表取締役である被告相馬がレストランチェーン等の本格的検討の必要性につき意見を述べ、これに関連して、被告足立正取締役から、浅野監査役の取締役への推薦の提案などがなされた事実を、さらに、≪証拠省略≫によれば、被告相馬は、昭和四六年三月三〇日、原告に対し、本件融資金がレストランチェーンの検討を含む被告会社の業務のために使用されたという趣旨を記載した証明書を交付した事実を、それぞれ認めることができる。しかし、他方、≪証拠省略≫によれば、被告中村屋は、万国博覧会会場におけるレストランについては、当初からそのための特別の予算を組んだうえ、開催地である大阪の出張所長を中心として企画・運営を進めており、代表取締役が特に介入する必要性はほとんどなかったこと、またレストランチェーンとは、前記第二五六回取締役会の開催当時、被告中村屋の企画室において調査した、いわゆる「食堂展開」のことであって、少なくとも数百の店舗を系列化し、料理の標準化および量産化を図ってその単価を下げ、大量販売によって利益を上げることを目的とするものであるところ、当時被告中村屋の店舗は約一〇店舗に過ぎなかったことや、レストラン間の競争が激しく、料理の量産化の方式も確立されていないうえ、資金面および人材面の双方からみて右計画を実施する余裕のないことが判明し、その旨部長会にも報告されて、部長会で既に右計画を採用しない旨決定されていたこと、右取締役会においても、レストランチェーン等の検討が取締役会の正式な議題となったわけではなく、被告相馬が一方的に自己の考えを披瀝したのみであったこと、を認めることができる。そして、右認定の諸事実および弁論の全趣旨をあわせ考えると、被告相馬は、原告に対し、本件融資金をレストランチェーン等の検討を含めた被告中村屋の業務には使用しないのに、これに使用するものとして、本件融資金の使途につき虚偽の説明をしたものと推認するのが相当である。

4  原告と被告相馬を除くその余の被告らとの間では成立に争いがなく、原告と被告相馬との間では被告遠山俊二郎本人尋問の結果により成立の認められる甲第三号証の八(被告中村屋の第二五七回取締役会議事録)および被告遠山俊二郎本人尋問の結果によれば、被告中村屋は、昭和四五年三月三一日、訴外農林中央金庫から金二億五〇〇〇万円の借入れをしたが、右借入れは、当時被告中村屋の財政状態が逼迫していたためになされたものではなく、昭和四四年一〇月以前に決定された被告中村屋の昭和四五年度の当初計画に基づき、期間五年の有利な約定でなされた事実を認めることができる。したがって、右借入れの事実から直ちに、被告相馬が本件融資金を被告中村屋の業務の執行に使用するために本件消費貸借契約を締結したものと推認することはできないというべきである。

5  ≪証拠省略≫によれば、被告相馬は、原告から一連の貸付けを受けるに際し、被告相馬個人名義の約束手形を振り出す理由として、被告中村屋は砂糖や小麦粉の購入代金支払の目的以外には手形を振り出さないことになっている旨の説明をした事実が認められる。しかし、≪証拠省略≫によれば、被告中村屋は、目的や金額を問わず、必要に応じて約束手形を振り出している事実を認めることができ、右事実に照らせば、前記被告相馬の手形振出に関する説明も虚偽であったと認めるのが相当である。

6  そして、以上認定した、本件融資金が被告中村屋の業務に使用されたとは認められないことや、本件消費貸借契約の締結に際し、被告相馬が原告に対してなした手形振出および本件融資金の使途に関する説明が虚偽と認められることなどの各事実を総合すると、被告相馬は、本件融資金を真実は自己のために使用する目的であったのに、被告中村屋の業務の執行のために使用するよう装って、本件消費貸借契約を締結したものと推認することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二  原告の知情の有無

1  原告が、被告相馬に対し、昭和四五年一月から四月までの約四か月間に、四回にわたって合計金二九六五万円を貸し付けたことは、先に認定したとおりであり、≪証拠省略≫によれば、原告は、被告相馬振出しの約束手形を受領した後に貸付金を交付していたが、必ずしも常に手形の受領と引換えに交付していたものではなく、金策の都合上金員の交付が手形受領の数日後となることもあり、本件融資金についても、被告相馬に対し現実に交付したのは、契約成立の約二〇日後である昭和四五年五月四日ころであったし、しかも、原告は、被告相馬に対する貸付金の交付に際しては、弁済期までの日歩一三銭ないし一七銭の割合による利息を天引しており、本件融資金の交付に際しても、弁済期までの日歩一五銭の割合による利息を天引していたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そして、以上の事実と先に認定した、被告相馬が原告から一連の融資を受けるに至ったのは、金融業者である山崎茂の紹介で原告を知っていた訴外鳴瀬富三郎の紹介によるものであったことを合せ考えると、原告は、ある程度継続的に高利の金融を行っていたものであると認めるのが相当であり、原告本人の供述のうち、この認定に反する部分はにわかに採用することができない。

2  ところで、被告中村屋のように業界でも有力であり世間的にも著名な会社が、原告のような従来被告中村屋と何らの取引関係もない個人から、右のような数度にわたって極めて高利の借金を重ねることは、緊急の必要性その他何らか特段の事情のない限り、到底考えられないことであるところ、証人鳴瀬富三郎は、この一連の借入れが万国博出店のため緊急に必要との説明を被告相馬から受けた旨供述する(第一回尋問)に対し、原告本人は、本件融資金を含めて第二回目以降の借入れはレストランチェーンのために使用するもので緊急の必要はない旨説明されたと供述しており、いずれとも心証を得難く、その他右特段の事情として納得のゆくものはない。かえって、≪証拠省略≫によれば、原告は、貸付金額を手形金額とする被告相馬個人の振出しにかかる約束手形を、本件消費貸借契約の仲介者である訴外鳴瀬富三郎にも手形上の責任を負わせる趣旨で同人を受取人とし、同人から原告が裏書譲渡を受けた形式をとったうえで交付を受けているのにかかわらず、借主となるべき被告中村屋振出しの手形はもちろん、借用証の交付も全く受けていなかったことが認められるのみならず、原告が被告相馬から受けたという被告中村屋名義の手形を振り出すことができない理由の説明も極めて不自然であるから、株式会社栄屋商店の代表取締役であり、高利の金融をも手がけていた原告としては、被告相馬が真実被告中村屋の業務のために本件消費貸借契約を締結するものであるかどうかの疑問を当然に抱くべきであったというべきである。さらに、≪証拠省略≫によって認められるように、原告は、本件消費貸借契約が不履行になるや≪証拠省略≫の手形の裏書人であった訴外鳴瀬富三郎の財産を仮差押する処置に出ているにもかかわらず、被告中村屋に対しては何らその種の債権保全手段を講じた形跡がないことも、考え合せられるべきであろう。

3  このような事情に鑑みると、原告は、社会的信用度の高い被告中村屋の代表取締役である被告相馬の言動を当初信用していたとしても、回を重ね、本件融資金を交付したころには、被告相馬が被告中村屋の代表取締役の権限を濫用し、自己のために融資を受ける目的でその地位を利用して本件消費貸借契約を締結したものであることをうすうす感づいていたのではないかと思われるのであって、証拠上にわかにかく断じえないとしても、少なくとも、これを知らなかったことについては、重大な過失があったものといわなければならない。

三  被告中村屋の責任

ところで、法人の代表者がその権限を濫用して相手方と取引行為をした場合において、相手方がこれを知り、もしくは、通常の注意をもってすれば知ることができたときは、法人は、当該取引行為上の義務を負担しないものというべきであり、また、当該取引行為が不法行為となる場合においても、被害者である相手方が代表者の権限濫用行為であることを知り、もしくは、これを知らなかったことにつき重大な過失があるときは、法人は、当該取引行為に基因する損害の賠償責任をも負わないものと解すべきである。したがって、被告相馬の本件消費貸借契約の締結が代表取締役の権限濫用行為に該当し、しかも、原告がこれを知らなかったことにつき重大な過失があったことは、前示のとおりであるから、被告中村屋は、原告に対し、右契約上の義務を負担しないものというべきであり、また、仮に被告相馬の本件消費貸借契約に関する行為が不法行為になるとしても、それに基づく損害賠償責任をも負わないものといわなければならない。

第三  次に被告相馬の損害賠償責任の有無について判断するに、

被告相馬は、前記認定のとおり、本件消費貸借契約の締結の際、原告に対し、本件融資金をレストランチェーンの検討などのために使用する旨説明して、自己のために使用するものであることを秘し、あたかも被告中村屋の業務に使用するために本件融資金を借り受けるかのように装い、その旨誤信した原告との間で本件消費貸借契約を締結したものであるから、その行為は原告に対する不法行為になるものといわなければならない。したがって、被告相馬は、原告の被った本件融資金八三〇万円相当の損害および不法行為時以降これに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金を賠償する責任を負うものというべきであるが、年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由がない。

第四  さらに、原告は、被告十時健彦ら被告中村屋の取締役および監査役に対し、商法第二六六条ノ三(第二八〇条)の規定に基づく損害賠償を請求するので、この点について判断するに、たとえ株式会社の代表取締役がその権限を濫用して自己のために取引行為をし、これによってその相手方が損害を被ったとしても、被害者である相手方が代表取締役の権限濫用行為であることを知り、もしくは重大な過失によってこれを知らないで当該取引をした場合には、相手方は、当該取引行為を担当しない他の取締役および監査役に対しては、それらの者が当該取引について共謀をしたなどの特別の事情がない限り、代表取締役の業務執行に対する監視義務違反を理由にして右法条に基づく損害賠償を請求することはできないものと解するのが相当である。けだし、右のような取引の場合には、代表取締役の権限に対する相手方の信頼は、当該取引を担当しない他の取締役らとの関係では、もはやこれを保護するに値しないものというべきだからである。これを本件について見るに、被告相馬が被告中村屋の代表取締役の権限を濫用して本件消費貸借契約を締結したものであることを原告が知らなかったことにつき、原告に重大な過失があったことは、前示のとおりであるから、被告十時健彦ら被告中村屋の取締役および監査役に代表取締役である被告相馬の業務執行に対する監視義務違反のあったことを前提とする原告の前記請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

第五  以上説示したとおり、原告の被告相馬に対する請求中、金八三〇万円およびこれに対する本訴状送達の後であることが記録上明らかである昭和四六年一一月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は、理由があるからこれを認容し、被告相馬に対するその余の請求およびその余の被告らに対する各請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 平手勇治 石田敏明)

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